アニメ『けものフレンズ』を放送終了後にまとめて見た感想

ネット上でブームになっている『けものフレンズ』だが放送中には見ておらず、機会があれば見たいと思っていた。先日、定額制の動画配信サービスに登録したのをきっかけに一気に最終話まで視聴したので感想を書く。
※ネタバレが含まれますので未視聴の方はご注意ください

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あらすじと印象

有名な作品だから知っている方も多いと思うが一応書く。『けものフレンズ』は美少女日常系アニメにロードムービーを足したような作品。

記憶を失い自分が誰か分からない「かばん」と、サーバルキャットがヒト化した生命体(フレンズ)の「サーバル」がメインキャラクターとして登場する。自分が何者なのか確かめるため、かばんがサーバルに励まされながら旅をする話である。

物語の舞台である「ジャパリパーク」という世界にはサーバルの他にも擬人化した動物(フレンズ)が数多く住んでいる。毎回サバンナやジャングルなど違った地方を旅して、そこに住むフレンズ達との交流が描かれる。

フレンズがとにかく個性的である。見た目や性格はもちろん喋り方までユニークなキャラクターがたくさん登場して楽しい。皆とても優しく、悪意のひとかけらも持っていない。無邪気で楽しそうに騒ぐ様子を見ていると心が暖かくなる。

さらに毎回舞台と登場人物が変わるので日常系にありがちな単調さを感じることがない。

途中途中で実在する飼育員に取材した動物解説が挟まれるのもユニークであり、まるで教育番組のようだ。所々に見受けられるジャパリパークの廃墟感も物語に深みを与えている。

映像に思ったこと

キャラクターの3Dモデルは荒削りな質感で、動きも非常にぎこちなく違和感があった。シュールな絵面からは低予算感が滲み出している。

お世辞にも映像のクオリティが高いとは言えず、アマチュアが作ったMMD動画にも負けている。喋っているのに口が動いていなかったり顔が無表情のままだったりしたせいで、声がキャラクターとは別の方向から聞こえてくるように感じることもあった。

サーバルちゃん

©けものフレンズプロジェクト/第1話「さばんなちほー」より引用

見返して確かめた訳ではないので正しいか分からないのだが、5話までキャラクターがほとんど瞬きをしなかったと思う。これも違和感の原因の一つだろう。しかし、6話あたりから頻度が上がり、以降はしっかり瞬きするようになったように感じた。

序盤は映像に気になる点が多く見るのが辛かったが話数が進むうち気にならなくなった。視聴者側の自分が慣れただけなのかもしれないが、瞬きのように実際改善された部分もあるのだろう。

回を追うごとに3Dモデル輪郭線のガサガサ感が気にならなくなった感じもある。表情も豊かになったような…。

いずれにせよ、違和感の塊だった3Dモデルをこの作品特有の「味」や「魅力」として肯定的に捉えられるようになったのは間違いない。

木の上のサーバルちゃん

©けものフレンズプロジェクト/ 第1話「さばんなちほー」より引用

なぜブームになったのかと不思議に思っていたが…

実際ユニークで面白いアニメではあったのだが、途中まで見た段階では「ここまで大きなブームになるような内容かな」と不思議に思っていた。

ゆるくて脳みそが溶けるとか、IQが下がるとかいう点には同意できるが、それ以上の価値を見出すことはできなかった。

同クールの2017冬アニメには『けものフレンズ』以外にも良質で面白い作品があっただけに、本作だけが取り沙汰される理由もよく分からなかった。

考察要素があると騒がれていたのでネット上の考察を見てみたのだが、深読みしすぎているとしか思えないものが多かった。

『けものフレンズ』は人類史をなぞっているだとか、SF的に考察できるとか、よくそこまで思いつくなと感心する程だ。一部の説はなんだか飛躍しすぎで、精神に変調をきたした人が話す陰謀論みたいになっており苦笑した。

そういった楽しみ方があるのは良いと思うけれど、「それって作品の本質ではないよな」と思ってしまう。地に足がついていない考察はもはや作品そのものとほとんど関係が無くなってしまっている。作品をダシにして外側で勝手に騒いでいるだけである。

EDで流れる廃墟となった遊園地の映像が憶測を呼んでいたが、別に人類が滅びたことを暗示しているわけではないと思われる。舞台のジャパリパークが閉鎖された遊園地(テーマパーク)だからあのEDだというのは前半の数話を見ただけでも明らかだろう。

ちょっと謎のある世界観ではあるが、暗い方向に深読みすることはないだろう。『魔法少女まどか☆マギカ』や『がっこうぐらし』で不意打ちを食らったトラウマがあるのは分かるけど…

ネット上には『キルミーベイベー』をやたらと崇拝したり、「『ゆゆ式』は哲学」と言っちゃったりするような人達がいる。今回もそういう人達がわざとデタラメな考察をしてはしゃいでいたのかもしれない。

ネタで「深い世界観」と言っていたのに、純粋な人達が勘違いして持ち上げちゃったのが『けものフレンズ』というアニメなのかなと、この時点では思っていた。

終盤のドラマチックな展開に圧倒された

だが、11話から最終話にかけてのドラマチックな展開を見て作品の印象が変わった。これまでの「ゆるい空気の中にほんのすこしの不穏さ」というスタイルから大きく変わり、緊張感に満ちた手に汗握る展開に。

かばんとサーバルの間の深い絆と愛情が巨大セルリアンとの戦いの中で印象的に描かれていた。2人がお互いのことを大切に思う気持ちの強さが伝わってきて目頭が熱くなった。

これまでの旅とフレンズとの出会いによってかばんが精神的に大きく成長したことを示すシーンがいくつもあった。このような成長描写は、変わらない日常が繰り返される一般的な日常系アニメではあまり見られない要素だ。

ピンチにこれまで出会ったフレンズ達が助けに来るという、少年漫画のような王道展開も熱かった。ジャパリパークにまつわる数々の謎が明らかになると同時に新たな謎が生まれる。パークの危機を乗り越えた高揚感と新たな世界への期待感の中で物語は結末を迎える。

やっぱり『けものフレンズ』は深かった

一部のファンが考察していたような突飛なものでこそなかったが、最終話まで見て『けものフレンズ』には深い設定・世界観があることを実感した。ただの日常シーンだと思っていた部分が最終回への伏線だったりと、本当によく練られたシナリオだなあと感嘆する。

伏線の張り方が巧みであると同時に、なんというか物語の構造がカッチリと組み立てられていて揺るぎない感じだ。高度に計算された作りで他の深夜アニメのそれと比べてもレベルが高いと思う。

ジョーゼフ・キャンベルが言うところの「神話の構造」が頭をよぎった。かばんを主人公として捉えると普遍的な成長物語の形式を取っているのも興味深い。

しっかりとしたバックボーンがあるからこそ魅力的な作品になったのだろう。表面的には他愛の無い日常系萌えアニメなのだが、その裏側には骨太な設定とストーリーラインが隠れているのだ。

敏感な視聴者は序盤からそれを感じ取ることができたのだろう。

終盤にはシリアスな展開を持ってきたが、誰も不幸にならない結末が素晴らしい。悲しみのない平和な日常が戻ってくる。

ボス(ラッキービースト)が、溶鉱炉に沈んだターミネーター2のシュワちゃんのように、セルリアンを道連れに海へ消え永遠のお別れになるのではないかと心配したが生きていてよかった(一部分だけになってしまってはいるのだけれど…)。

フレンズ達が一堂に会しかばんちゃんに別れを告げるシーンで、ジャパリパークが優しさと愛に包まれた素敵な世界であることを改めて感じた。

悪意の存在しない天国のような場所。シリアスな場面はあってもこの世界観は最後までブレていない。お互いの違いを認めあって仲良く暮らす楽園であり、OPテーマ曲の歌詞が表す通りの世界だ。

おわりに

流行り方が異様だからといって敬遠せず見てよかった。すべてを受け入れ肯定してくれるフレンズ、脳が溶けるような掛け合い、散りばめられた謎と伏線、荒削りな映像などなど…。

『けものフレンズ』は、いろんな意味でユニークなアニメだった。複数の要素が組み合わさって奇妙なバランスの上に成立したのが本作だと思う。ここまで尖っていて目新しさを感じさせるアニメは後にも先にもないだろう。不思議な作品だった。

未視聴の方も興味があればぜひ見てほしい。ブームに乗って騒いでいる人達の意見とは違った印象を持つかもしれない。日常系や擬人化キャラが好きな人なら、考察に興味が持てなくても結構楽しめるアニメだと思う。

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