『鉄血』の脚本家・岡田麿里さんの自伝ドラマ『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』感想

『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』は、マリーこと脚本家岡田麿里さんの自伝本をドラマ化した作品。ドラマの脚本も本人が書いている。

NHKBSプレミアムで2018年9月1日放送。90分で一話完結。どうも新学期の自殺防止キャンペーンの一環らしい。NHKはEテレでいじめやひきこもり関連番組をよくやっているしその流れだろう。

彼女がシリーズ構成・脚本を担当した『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』とも絡めて感想を書いた。

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ドラマの内容について

自伝のドラマ化ではあるけど、主人公は麿里ではなく安喜子という名前。若干フィクションも入っているという意味なのか?

前半

前半はひたすら陰鬱な描写が続く。学校に行けばいじめられ物を盗られる。母親は娘の気持ちがわからない人間で全く助けになってくれない。

安喜子は学校に行けなくなり引きこもり生活に入る。

父親はおらず、母親は他人の金で生活していて働いたことがない。その母は引きこもった安喜子に冷たく当たる。「産まなければ良かった」等暴言を吐き、包丁を持って暴れまわったりする。

閉鎖的な田舎なので外出すると近所の人間から嘲笑の的にされてしまう。数少ない理解者だった祖父も死亡。周りは鬼畜ばっかりで孤立無援。絶望的な状態。母が知らない男と付き合い始めるがヤンキーみたいな奴で家を荒らされる。

前半は大きな出来事もなくとにかく退屈で気分が沈むだけの話だった。非常にテンポが悪い。映像化する必要あったかコレ?これならドラマじゃなくて岡田麿里さんの対談を見たかったなと。

後半

学校に通えない安喜子だったが、教師に作文の能力を評価されなんとか高校を卒業。シナリオライターを目指し東京にあるゲームの専門学校へ進学。この辺りから話が動き出して退屈せず見られる展開になる。

ゲーム専門学校の学生はオタクや癖のある人ばかりだったので不登校児の安喜子でも通えたらしい。あとは彼氏ができたり脚本の仕事を受けたり。

AVからアニメまでありとあらゆるジャンルの脚本を手当たり次第書きトントン拍子で認められていく。その過程は詳しく描かれておらずかなり端折っている印象を受けた。前半はテンポが遅すぎ、後半は速すぎる印象。

でも何故か急に仕事をもらえなくなり鬱モードに。田舎の母から電話が掛かってきて大金をせびられる。母は働いたことがないから金銭感覚がないのだ。沢山苦労しても少ししか稼げないのに…と怒り苦悩する。

また時間が飛んで『ここさけ』の話に。流石に駆け足過ぎるのでは。何年飛んでいるのだろう。

あれこれあったけどアニメは完成し先行試写会が行われた。しかし機材トラブルで映像が流せなくなり突然中止に。

安喜子はショックのあまり過去に受けたいじめなど嫌な記憶がフラッシュバックして精神が不安定に。そこに打ち上げ花火が上がり、なんかいい話みたいになった。なにこれ?

気になる部分がいろいろ省略されていて視聴者置いてけぼり。何も解決していないけど秩父の橋が出てなんとなくいい感じの雰囲気でドラマが終わった。論理的な構成よりもフィーリングを重視する作風だった。

なんか気の毒

ドラマの内容自体は薄くてあんまり面白くなかったけど、これまでどう生きてきたかを知ってマリーさんがとても気の毒に思えた。子供時代のトラウマを抱えて傷つきながら生きてるんだな。未だにちょっと病んでる感じなんだ。名前が売れてからも苦悩していたとは。

そういう人生を歩んできたから、温かい人間関係や安直なハッピーエンドなんて書きたくないんだろうなと。マリーさんの脚本に癖があるワケを色々と悟ってしまったわ。

この人の書くキャラクターの性格付けもなんか納得した。闇を抱えている病んだ感じの人や、家庭環境など生い立ちのせいで歪んでしまった人間を書きたいんだろうね。ドロドロした人間関係や負の感情を書くのが上手いのは人間の嫌な部分を散々見てきたからなんだな。

自分に似た部分のあるキャラクターを作り、自分が味わってきた悲しみ苦しみを味わわせたいのかもしれない。それが癒やしと自身の心への救済になっているのかも。

現状マリーさんの精神状態は大丈夫なんだろうか。『鉄血』の件で相当叩かれていたから心配。放送終了から1年以上経過しても一部で炎上が続いているし…。掲示板で誹謗中傷されている所を見て傷つくシーンがあったから気になった。

鉄血を叩けなくなった

この人がシリーズ構成・脚本をしたアニメ『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』は終盤のシナリオが雑で、めちゃくちゃ後味の悪い終わり方をした。

辛い過去を抱えた主人公サイドのキャラクター達は救済されることなく極めて雑に殺され、敵側や脇役みたいな奴らが幸せな人生を送っているという理不尽な結末だった。

でもこのドラマを見てマリーさんの半生を知ってしまったからうかつに叩けなくなってしまったよ。悲痛な人生を送ってきた人に幸せな結末を書けと言うのは酷というもの。

引きこもっていた時は外の世界がとても素晴らしいものに見えて、外の人間は皆幸せなように思えたという。自分だけが取り残され辛い毎日を送っている感覚。その頃の無念さが作品に現れているのかもしれない。

誰に自己投影していたか

『鉄血』ではジュリエッタとガエリオという敵側のキャラクターに自己投影して贔屓したと批判されている。だけどマリーさんの半生はその2人よりマクギリスという登場人物に似ていると思った。

マクギリスは恵まれない出自で幼少期のトラウマを抱えながらも苦労の末に成り上がり、高い地位を手に入れた人物。自分の力だけを信じ、群れる生き方はできないというキャラクター。紳士のように振る舞ってはいるが心の中には深い闇を抱えている。

一方のジュリエッタとガエリオは環境に恵まれていて前向きな人達。トラウマや暗い過去に苦しんでいるような人ではない。どちらかと言えば「陽キャ」でリア充側の人間。

人間関係に挫折して引きこもっていたマリーさん的にはあんまり自己投影出来ないと思うのよな。気に入っていて贔屓はしたかもしれないけど感情移入はしていない気が。

自伝ドラマを見る限りではマクギリスこそマリーさんの分身なんだと強く感じた。実際どうなのかは分からないけどね。監督の意向もあるし脚本家が全てを決めてるわけじゃないので。

社会的な地位を手に入れても過去の傷が癒えることはなく苦悩の中でもがき続けるマクギリス。これが分身だとしたらほんとマリーさん大丈夫なんだろうか。

ドラマ終盤は現在から数年前のシーンだったけど、幼少期に受けたいじめをフラッシュバックして精神的にヤバそうだったぞ。ドラマだから大げさに書いてるだけで実際にはトラウマを克服して精神が安定しているというのなら良いのだけど。なんか心配。

作品がつまらなくてもスタッフを人格攻撃するのはやめようね。

鉄血が失敗した理由

トラウマを抱えている人間だけが理解できるニッチな作品、辛い過去に悩む人たちへの救済みたいな作品は作れても、いろんな人が見るガンダムみたいなビッグタイトルをヒットさせるのは難しそう。

マリーさんの書きたいものとガンダム視聴者の見たいものの方向性が全く違ったのだろうな。人物の描き方には定評があるけどスケールの大きい戦争ものには向いていなかったのだろう。

確かに『鉄血』のキャラクターは魅力的だった。でも人物描写を重視しすぎたからエンターテイメント性が損なわれた。ロボット系アニメの視聴者としてはキャラクターが苦悩する姿ではなくカッコよく活躍する所を見たいわけよ。

視聴者とのズレが大きい。例えばマクギリス。彼は途中まで策士として描かれていたから、あらゆる手を尽くして戦うことを期待されていた。その上で敗北したというのなら視聴者も納得できただろう。

だが彼はトラウマに振り回された挙げ句理性を失い、後先考えず暴挙に及んで自滅した。そんな姿なんて見たくなかった。でもそれこそマリーさんの書きたい人物像だったんだろうな。虐待や暴力によって人生を歪められてしまった人の悲しみを書きたかったのだろう。

マリーさんの満足する物語の結末は、トラウマを抱えていない幸せな人から見ると不条理で不快感のあるものになってしまう。別の人が書いた原作があるならそれに合わせてハッピーエンドも書けるのだろうけど、オリジナルだと難しいのだろうな。