映画『メアリと魔女の花』感想:なろう系チート主人公へのアンチテーゼ?

ブルーレイを借りて視聴。レンタルビデオ店に足を運んだのは久しぶり。TVアニメは定額配信サイト(dアニメストアなど)で見られるからほとんど利用しなくなった。

スタジオジブリ作品のように見える『メアリと魔女の花』だが、作ったのはスタジオポノック。ジブリ制作部門の解散後、元メンバーを中心に作られたアニメスタジオだそうだ。

本作はポノック初の長編映画で米林宏昌監督作品。

※以下感想、ネタバレありにつき未視聴の方はご注意ください。

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全体的な感想

ネット上の評判が微妙だったので、あまり期待せずに見たのだが十分楽しめる作品だった。普通にいいアニメじゃないですか。視聴後に満足感がある。

でも確かにそれ以上のものは無かった。批判的な評価をする人の気持ちも分かる。ストーリーはシンプルで分かりやすいが薄味で、深いメッセージ性や考察要素は無い。宮崎駿監督の作品と比べるとどうしても見劣りしてしまう。

とはいえ夏休みに子供と一緒に見る映画としては文句なしの出来だと思う(公開日は2017年7月8日)。

良かった所

映像の素晴らしさ

キャラクターの動きが気持ちいい。予算の少ない深夜アニメばかり見ている人間からすると感動するくらいよく動く。

アニメーション(動く絵)としての完成度なら宮崎作品に負けていないと感じた。これで作画が悪いとか動きがつまらないと言ってる人は普段どんなアニメを見てるのだろうと。ハードルを上げ過ぎだ。

また、背景美術の森や草花の描写がとても美しく見ていて癒やされる。

棒読みがいない

あからさまに酷い棒読みキャストがいないのが良い。プロの声優ではなく俳優が声をあてているが、違和感は無く役に合っていると思った。

主人公メアリ役の演技は自然な感じで好感が持てる。宮崎作品(初期を除く)の場合、必ずと言っていいほど棒読みの人がいて強烈な違和感があった。

(宮崎監督がプロ声優のわざとらしい演技を嫌っているゆえのキャスティングだと言われているが、演技経験の無い下手くそな有名人にやらせるほうがよっぽど不自然。現実であんな話し方する人いないでしょ。)

メアリが可愛い

宮崎ヒロインは芯が強かったり男勝りなことが多いが、本作主人公メアリは彼女たちと対照的。

容姿を含め自分に自信がなく、頑張り屋なんだけどドジだから失敗ばかり。パッとしない女の子感がなんともいい。応援したくなるタイプのヒロインだった。キャラデザも好き。

音楽が合っている

BGMもセカオワの主題歌も映像の雰囲気とマッチしていて良かった。

残念だった所

イメージがありきたり

絵の動きは良かったのだが映像に目新しさがない。特に魔法大学の描かれ方が凡庸。森の場面は趣があって良かったのだけど、魔法大学に行くと急に安っぽくありきたりな画面になった。

校舎からしてダサいんだよなぁ、なんか。ファンタジーのテンプレートそのままで面白みがない。科学と魔法の融合みたいな設定もひねりがないし、小人みたいな科学者もどっかで見たことがある外見。オリジナリティが感じられない。

言葉をしゃべる獣人キャラクター、フラナガンはデザインが世界観に合っていない。『かいけつゾロリ』のような児童書に出てきそうな見た目で、本作の世界観には不釣り合い。彼だけ別作品のキャラみたいで違和感がある。

既視感

意図的にやったオマージュなのか、アイデアの枯渇なのかは分からないが、過去のジブリ作品と類似したシーンが多すぎる。

ここは『ラピュタ』ここは『千と千尋』などいちいち言及していったらキリがない。一つや二つでは済まないほど既視感のあるシーンが存在する。

取って付けたような科学批判

数十年前「魔女の花」の力に魅せられたマダムとドクターは生物を作り変える実験を始めた。強大な魔力を持った新しい生物を作り出すことが目的。

過去に一度実験に失敗し、暴走した力によって大きな被害が出たのだが二人は懲りておらず、長いこと失われていた「魔女の花」をメアリから奪い取り再び実験を行う。

実験台にされてしまった知り合いの少年ピーターを救うため、メアリが奮闘するのが終盤の見せ場。実験は今度も失敗。ピーターは化物になって暴走する。

化物の体が溶け出すという原発のメルトダウンを思わせるシーンがあるし、行き過ぎた科学技術とそれを過信する者への批判が込められているのだろう。

でも、米林監督は本当にそんな事を言いたかったのだろうか?単に宮崎監督のマネをしてみただけにも見えるのだけど…。さっき書いたように映像の類似点も多いし。

本当に科学批判をしたいのなら序盤からテーマとして匂わせておいたほうがよかった。終盤のシーンで唐突に出されてもね…。取って付けたような印象を受けるだけ。終盤まではシンプルなファンタジーとしか思えない展開だったからなぁ。

チート主人公批判?

ここから話題が変わる。科学批判とはまた別のメッセージも含まれてるように感じたのでそのことについて。この作品、見方によってはチート主人公批判とも読めるのだ(曲解かもしれないけど)。

中盤までのメアリはまるでなろう系のチート主人公みたいだった。(異世界に転生しチートと呼べるほど強大な力を授かり、その力を使って大活躍することで一切の努力もなしに称賛され慕われる主人公のこと。)

筆者は最近そういう主人公の出る作品ばかり見ているから、どうしても共通点が目についてしまう。

メアリがチート主人公のアンチテーゼになるのは、チートで得られる力より大切なものがあることを悟りラストシーンで自らその力を手放すから。

「魔女の花」はチートアイテム

主人公メアリは赤毛の縮れ毛がコンプレックス。ドジだから失敗ばかりするしお昼を一緒に食べる友達もいない。現実世界ではうだつの上がらない「なろう系主人公」と似たような境遇。

「私になんか一生いいことなんて起こらないんだ」というセリフから分かるように人生を悲観している。そんな彼女が偶然見つけた「魔女の花」。

これがとんでもないチートアイテム。花の汁が手に付いたことにより、ただの人間だったメアリは強大な魔力を得る。なろう系主人公が神様から授かる力と似たようなものだ。

(ただし魔女の花の場合、効果に期限があり時間が過ぎると普通の人間に戻ってしまう。)

称賛を受ける主人公

メアリは箒に導かれ魔法大学へ行くのだが、そこでの扱いがまるっきりなろう系主人公。みんながみんな主人公を称賛する。

メアリは普通の人間だから当然魔法を使ったことは無い。でも花のおかげでものすごい力を使えるようになっていて、マダムやドクターから「あなたは100年に1人の天才です」などと褒められまくる。

学生達の前で魔法を使ってみるとあまりにも凄まじいパワーにみんな驚愕。姿を消す術を使っただけなのに激しい竜巻が起こる。驚異的な力に感激した学生達はメアリ!メアリ!と大喝采。

「今のは40%くらいの力ですね」と、メアリ。

自分の力ではなくただのチートなのに謙遜するどころか、得意げになっている所がなんとも。神様からもらった力を自分の力と言って憚らないなろう系主人公を彷彿とさせる。

ただメアリは年齢的に幼いし、失敗ばかりで褒められたことが無かったみたいだから調子に乗っちゃうのは仕方ない。

さらにこの後、あらゆる魔法が使えるようになる本「呪文の真髄」をゲットしてみたりと、チートてんこ盛り。

チートを放棄

だが、なろう系のような都合のいい展開は途中まで。称賛され調子に乗っていたメアリだったが、冷静さを取り戻し自分の力がチート(魔女の花)によるものだと告白する。(小さいのに偉いね。)

メアリの力がチートだったと知ったマダムは態度を豹変させる。ピーターを人質に取り魔女の花を持って来るよう強要。さらに花を持ってきたメアリを拘束する。このあと紆余曲折あって脱出しピーターを助け出すのだがここでは省略。

初めは仲が悪かったメアリとピーターだが、マダムたちと対決する過程で親密になった。二人が仲良く箒に乗って帰るラストシーンで、メアリは「私にはもう必要ないの」と言い魔女の花を投げ捨てる

ラストシーンの意味

色々解釈はあるのだろうけど、「大切な人(恋人)に出会えたから、もうチート能力は必要ない」という意味にも取れる。チートで強大な力を得ても虚しいだけ、ありのままの自分でいい、誰かを好きになることで人生が楽しくなるというメッセージが込められているのだろう。

メアリが魔女の花を「もう必要ない」と言ったのは、以前は必要だったから。孤独で人生に希望を持てない人は、チートの力だろうが何だろうが利用していい思いをしたいと考えてしまう。

でもメアリは借り物の力では本当の幸せが手に入らないことを悟った。だから花を捨てたのだ。さらにチートがなくても大切な人のため頑張ることで強くなれると知った。

魔女の花の力が時間切れでほぼ無くなっているにも関わらず、ピーターを助けたいという強い思いによって魔力が戻るシーンがある。恋する力はチートで得た能力より偉大という意味だろう。

二匹のネコがこれ見よがしにイチャイチャするシーンがあったし、この映画には「恋は素晴らしいよ」というメッセージも入っているように思う。

花(チート)に頼っても仕方がないというメアリの気づきは、期せずしてなろう系主人公批判になっている。彼らはチートで無双して調子に乗っているが、それではいつまで経っても本当の幸せを手に入れることは出来ないのだ。

ファミリー向けのメッセージ

以上のようなメッセージは、リアルが充実している大人や将来のある子どもたちには自然に受け入れられるだろう。

だが、なろう系などで現実逃避するしかないほど追い詰められた人たちにとっては受け入れ難いものだ。

とはいえ『メアリと魔女の花』は、なろう系を好むようなオタク層を対象とした映画ではない。ファミリー向けに作られているからこういうメッセージになるのも仕方ない。

救ってくれない

メアリの出した結論は確かに一理あるのだけど、崖っぷちの人間を救ってはくれない。恋人なんておらず、現実ではどうやっても報われないからこそ、彼らは(妄想や創作中の)チートにすがっているのだ。

そもそもメアリも運良くピーターと仲良くなれたからハッピーエンドを迎えられただけ。もしメアリが顔面の酷いコミュ障で誰からも相手にしてもらえなかったらどうなっていただろう。

絶望して世の中を憎むだろうし、魔女の花の持つ絶大な力の誘惑に負けマダムのような悪い魔女になっていてもおかしくない。

あとがき

魔女の花を投げ捨てるラストシーンはジブリとの決別宣言だという説もある。だがこの映画はジブリっぽさから一切脱却できていない。

刺激の足りない薄味なストーリーになっているのは、ジブリの後継者として高尚なものを作らなければならないと気負った結果かもしれない。これまでのスタイルにこだわらず好きなものを作ればいいのにと思ってしまう。

映像技術が凄いのだから、ストーリーはもっと俗っぽくても問題ないと思う。娯楽作品のアニメ化でもいいじゃんと。流石になろう系を原作にしてとは言わないけども。

ジブリっぽさはもう必要ない。次の長編では全く新しいものを見せてもらいたい。