十数年ぶりに『ハウルの動く城』を見たら印象が180度変わった話【ジブリ作品感想】

DVDで十数年ぶりに『ハウルの動く城』を見ました。ご存知の方も多いと思いますがスタジオジブリ制作、宮崎駿監督の長編アニメ映画です。

公開は2004年なので、もう14年も前の作品になります(投稿日現在)。当時、映画館で鑑賞し翌年あたりにDVDで見て以来10年以上見ることなく現在に至ります。「金曜ロードショー」で何回も放送されてたんですけど、見てません。

当時の印象は「オシャレだけどなんか良く分からない映画」。正直そこまで面白い作品だとは思えず、宮崎作品では『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』のほうが優れた作品だと思っていました。

ですが今回久しぶりに見てみると印象が一変、冒頭からびっくりするくらい面白いんです。引き込まれます。本当に同じ映画を見ているのだろうかと不思議に思うほど、受ける印象が違っていました。

なんて美しく深みのある映画なんだろうと。ほんとにいいアニメーションだなぁと。宮崎作品の中で一番いいんじゃないだろうかと。前はなんで良さが分かんなかったんだろうなと思いました。

上手く言えないけど何か心に迫るものがあるんですよね。見終わるとすごく心が満たされた感じになります。こんな素晴らしいアニメは初めてだと感動を覚えました。実際は十数年前に見てるんですけどね。

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絵の演技

単純に映像面だけでも相当面白いと思います。絵の動きの楽しさは前作『千と千尋の神隠し』や『もののけ姫』にも劣っていないと感じました。

キャラクターの表情がほんとにいいです。声の演技だけではなく絵の演技がすごい。目の動きや、表情の変化で気持ちや考えていることを伝えています。

実写だったら役者の表情の変化で伝えるところをしっかり絵の動きで伝えているのがすごいなぁと。宮崎監督とスタジオジブリの凄さが伝わってくるんですよね。

宮崎アニメのキャラクターは、顔が大分デフォルメされていてリアル寄りの絵柄では無いのですが表情はリアルそのもの。単純化された絵で生身の人間に負けない感情表現をしているのは驚嘆すべきことだと思います。これこそアニメーションの醍醐味、実写を超える魅力があります。

最近のアニメでもこういうことがやれてる作品ってあんまりない気がします。記号的な喜怒哀楽表現はあるけど、感情の機微まで絵で表現できている作品は思い浮かびません。そもそも宮崎監督も他の作品でここまで表現できていたでしょうか。

動く城

ハウルが住む「動く城」はデジタルで動かしていることが分かります。従来のアナログアニメとは違う独特の動き方です。でも逆にそれが城のイメージにマッチしていて良かったです。ガラクタを魔法でつなぎ合わせて動いてる感じが巧みに表現されていました。

宮崎監督の描く生き物っぽいメカの絵はとても魅力的。動く城のデザインにも監督らしさが最大限出ています。

それと本作は風景がとてもきれい。雪山、ヨーロッパ風の街並み、山の上のお花畑、美しくて息を飲みます。

ストーリー

以前に見た時は確かに分かりにくい話だと思っていました。終わり方も唐突ですし、ハウルの心臓やカルシファーとの契約のこともスッキリとは理解できませんでした。

でも今回はなんとなく話の大枠みたいなものが分かりました。各シーンに散りばめられた監督の意図が全て分かった訳では無いのですが、全体の大きな流れが見えてきて意外と王道な展開なんだなと思いました。

ロマンス

ソフィーとハウルのラブロマンスとして見れば綺麗にまとまっています。戦争のシーンがあったり、魔法の契約の話があったりと色々な要素が詰まっているので本筋を見失ってしまいがちですが、基本的にこの二人の関係性を見ていけばある程度話が分かります。

女性視点でソフィーに感情移入して見ると色々嬉しい(美味しい?)話だなぁと思いました。非常にハッピーエンドですし。キムタクがハウルの声をやっている理由もなんとなく察せます。

ソフィーは自分のことを魅力がないダメなやつだと思い込んでいて、恋愛どころかを人生まで諦めているような少女。それこそ老人みたいに達観していて多くを望みません。(でもホントは結構美少女だし、仕事もテキパキこなせる有能。)

そんなソフィーが人を好きになったり子供や老婆の世話をしたりすることで自己否定を克服、愛の力でイケメンを呪いから救い出し幸せに暮らしましたという話です。

ラストはやばいですね。俗世間を超越し悲しみ苦しみの無い自由な空に行ってしまう。そこでずっと幸せに暮らしましたと。なんかすごくいいです。

家族

また視点を変えれば、心に穴が空いた人、行き場を失った人が集まって新しい家族を作る話として見ることもできます。

幼い魔法使いの少年マルクルについて多くは語られていませんが、どうも両親がいないようです。身寄りがないから弟子としてハウルのもとに身を寄せているように見えます。

荒地の魔女はサリマンの罠によって魔力をほぼ失い無力な老婆になっているし、ソフィーは前向きに生きられず、若くして人生を諦めてしまっています。

ハウルも色々な品々が積み上げられた部屋から分かるように、物が沢山あっても心が満たされていない人です。外見を繕っていても心は空虚。しかも比喩ではなく実際に心臓(心)を失っているという設定があります。

ハウルもマルクルと同じく親の愛を受けずに育ったような雰囲気があります。劇中の描写から判断すると小さい頃に両親を失い叔父に育てられたのかな。

そういう問題を抱えた人たちが集まって、一緒に暮らすうちにだんだん温かい心を取り戻すという話です。ハウルは実際に心臓を取り戻しますが、これは上記のメタファーにもなっているのでしょう。

邪悪に見えた荒地の魔女も力を失い、動く城で暮らすようになってからは憎めない人物になりました。本性は可愛げあるようです。見た目は醜くなっても心は恋する乙女なんですね。

おわりに

『ハウルの動く城』は、ラブロマンスに留まらず様々な要素を含んでいるから深みがあり、同時に分かりにくい映画だと思われてしまうのだと思います。

でも前に思ってたほどワケワカラン話ではなかったです。しっかり筋が通っているので、『千と千尋の神隠し』みたいな支離滅裂で論理より感覚で作ったという感じの作品とは違うと思います。巷で言われているようなとっ散らかった話だとは思いません。

この映画の素晴らしい部分は「絵」や「ストーリー」など一つの要素に限定できるものではないです。いろいろな要素が合わさることで濃い作品ができあがっているのでしょう。

見ていると心が動かされると言うかなんと言うか、とにかく充実感があっていい映画でした。