映画感想『ジョーカー』は噂通りヤバい作品だった

※ネタバレがあるので注意

 

筆者にはアメコミの知識が全然無く、DCとマーベルの違いもよくわかりません。アメコミ映画もほとんど見たことがない。アベンジャーズとか何作も出てるけど何が何やら。

そういうわけで、ジョーカーとかいうバットマンの敵キャラということしか知らない顔の白いやつが主人公の映画を見に行くつもりなんて微塵もなかったのだけど、巷ではやけに話題になっているみたい。

アメコミを下敷きに使っているけどストーリーはオリジナルで、他作品を見ていなくても理解できる。現代社会の問題を反映したメッセージ性の強い作品らしい。色々な人の評論を見聞きするうちに興味が湧いてきたので見に行くことに。

あちこちでネタバレを見たのでストーリーはほぼ知っていたけど、それでも十分楽しめる。最後のシーンまで目が離せなかった。いい映画です。

気の毒で仕方ない

非常に面白かったけど、楽しい映画と書くと語弊があるかもしれない。正直かなり暗くて笑えない映画でした。ジョーカーになる前のアーサーを見ていると心が痛くなる。

障害や出自、生まれ持った能力など、本人の努力ではどうしようもないことが原因で虐げられる者の苦しみが、これでもかと言うほど描かれている。

アーサーは自分で意図せず笑いだしてしまう障害のせいで周りから気味悪がられ、孤立している。そのうえ景気も悪いらしく給料の良い仕事に就くのは困難。

ピエロの姿で大道芸をして食っていくしかない。ボロボロのアパートで老いた母親と二人暮らしをしている姿は、まさに貧困という感じ。

不本意な仕事にも真面目に取り組み、周囲から馬鹿にされてもコメディアンになるという夢を持ち続ける健気なアーサーだけど、散々ひどい目に遭わされる。不条理そのもので本当にかわいそう。

クソガキにボコボコにされるし、本人に過失が無くても責任を取らされるし、誰もまともに話を聞いてくれない。福祉サービスも打ち切られる。ついには大道芸の仕事もクビにされてしまう。

アーサーと程度の差はあるけど、社会や周囲の人々から受け入れられず、冷たくあしらわれる状況というのは他人事ではないと思いますよ。アーサーに共感できる人も少なくないと思う。

現実に絶望し、異世界に転生したいと思っているようななろう系愛好者は、この映画を涙なしには見られないでしょう。

頑張っているのに社会に受け入れられず、虐げられている人々にとっては彼を応援せずにはいられない。ただジョーカーと化した彼の提示する解決法、人生の逆転策というのが相当やばいのだけど…。

鼻持ちならない勝ち組

恵まれないアーサーが描かれる一方、富裕層や才能がある者、勝ち組の傲慢さも描かれています。

大富豪で有力者のトーマス・ウェイン(バットマンの父)が強者の理論で庶民を批判する所を見て「あー、こういうやつ現実にもいるいる~」って思った。

上辺だけの正論を述べ、自己責任論で弱者を切り捨てる金持ちや権力者は山ほどいますね。

マスコミとかも弱者の味方のふりをしつつ、本心では見下しているような報道をする。高い所にいる彼らにとっては所詮他人事で、生きようが死のうがどうでもいいのでしょう。

自らの傲慢さに無自覚なところもたちが悪い。社会的弱者の実情を見ようとせず、頭の中だけで判断し自己責任だと一蹴します。そしてそれは至極真っ当な発言だと信じ切っている。

成功者には多いですね。しかも底辺から這い上がった人に限って弱者に厳しかったりします。お前らの努力が足りないんだと、自分だって努力して上に登ったんだからお前らにもできるだろと平気で言うやつがいますね。成功は運や才能のおかげかもしれないのに。

恵まれた者たちに悪意はないのかもしれないけど、ナチュラルに見下してるんだよね。

ヤバいメッセージ

強者が弱者を虐げるのはやむを得ない、嫌なら強くなって虐げる側に回ればいいという価値観が蔓延する現代社会。勝者にとっては楽しいのだろうけど、誰もが勝者になれるわけではない。

障害や出自など本人にはどうしようもない要因によって不幸に追いやられている人たちにとってはたまったものではありません。強者や社会は手を差し伸べてくれず、冷たく突き放すだけ。

 

悲しいことにアーサーは、コメディアンを目指しているのに人を笑わせることが出来ない。馬鹿にされて笑われるだけ。

障害や貧困で苦しんでいるだけではなく、才能にも恵まれていないという。何か一芸に秀でていればまだ救いがあるのですがそれさえなく、本当に持たざるものなんですよね。

そんな弱者、持たざる者が社会に一矢報いるにはどうすればいいか。この映画はかなりやばい解決策を提示しているようにも見えます。

文字通り何も失うものがなくなり、無敵の人となったアーサーは自分を苦しめてきた者たちに復讐を始めます。

殴りかかってきたサラリーマンを射殺したのは正当防衛みたいなもので、悪になりきっていない感じだったけど、母親を殺し、会社の元同僚を殺した時には吹っ切れちゃってる。

すごく楽しそうでイキイキしている。完全にヤバい人になってしまいました。

 

アーサーが憧れ生きる支えにしていたコメディアン、マレー。しかし彼もいけ好かない勝ち組でした。アーサーの芸で笑うのではなく、彼を晒し上げ巧妙な話術で笑いものにする。アーサーが受けたショックはとてつもないものだったでしょう。

ここにも格差が見て取れる。才能の格差です。格差は財産だけのものではない。優れたものが劣ったものを見下し虐げる構図も変わらない。

アーサーは生放送中にマレーを射殺、そしてテレビを通し社会への不満や思いの丈を打ち明けます。それがきっかけとなり暴動が激化、ピエロのお面をかぶった名もなき暴徒によってウェイン夫妻は殺害されます。

社会のルールに合わせるのではなく自分のルールで生きろ。我慢せずに自分の本性をさらけ出せ。そうすれば開放感を得られ悲劇だった人生が喜劇になる。

自分をいじめたやつを●せ。自分を縛ってきた毒親を●せ、嫌な同僚を●せ、勝ち組を●せ、金持ちを●せ。

見方によっては反社会的なメッセージが読み取れてしまうヤバい内容。アメリカで銃乱射を招くかもしれないと警戒されたのも分かります。

妄想かも?

この映画では、どこまでが事実でどこからがアーサーの妄想なのかはっきり描かれていません。

シングルマザーといい関係になるという部分は妄想だったと示されているけど、他はどうなのか分からない。ほとんどが事実で一部妄想なのかもしれないし、ひょっとしたら最初から最後まで全部妄想なのかもしれない。

ラストシーンで唐突に、精神病院でカウンセリングを受けてる場面になるんですよね。彼の母親が妄想性の病気を患っていたという描写もあったし、ただの精神を病んだ人の妄想だったと捉えることもできる。

サラリーマン殺しで捕まってぶち込まれ、以降は全部妄想なのか。マレー殺しで捕まるところまでが事実で、暴徒に救い出されヒーローとして崇められるところだけが妄想なのか。

スタッフのインタビューを読むと、どのようにでも解釈できるように作ったらしい。

失うものがなくなり吹っ切れただけでここまで残酷で、ある意味強い人間になれるものかなとちょっと疑問だったけど、これもアーサーの妄想だと考えると納得しやすい。

彼のように悲惨な状況に陥っても、誰もがジョーカーになれるわけではないと思う。リーマンを殺して嬉しそうにダンスを踊る時点で実は既にヤバい人。

悪の本性

大胆不敵な行動や、救世主のように崇められている場面が妄想でないとしたら、アーサーには悪の才能みたいなものがあったのでしょうね。悪の本性を抑えて生きていただけ。

母親やカウンセリング、向精神薬、仕事、趣味、コメディアンになる夢などが歯止めになっていたけど、それらが無くなってしまうともう本性を出して生きるしかなくなる。

いやむしろ本性を出したほうが楽だし楽しいじゃんとなる。

善良に見える人間でも心の奥底には深い闇を抱えているかもしれない。殺人を楽しむような残酷さがあるかも。ただ普通はそれが表に出ることはない。

しかし、追い詰められ、後がなくなり、タガが外れた時、その人はジョーカーになってしまうのかもしれない。

見ようによっては、アーサーみたいな本性を持った人がジョーカーになることを推奨しているように見えるのが怖い。

逆に、「弱者に冷たい社会はジョーカーのような人を生み出すから気をつけろ」という警告として見ることもできますが。

おわりに

この映画を見て感化され大それたことをやらかす人間は、日本ではあまり出てこないような気がします。

ヤバいメッセージが入ってはいるけど、日本人の場合追い詰められてもあまり外に向かないよね。学生運動沈静化以降は大規模な暴動とかも無いし。

映画を見てから評論を読んで気づいたのだけど、アーサーはマレーの生放送中に自殺しようとしてたらしい。

そういえば確かにリハーサル中自分に拳銃を向けていた。心境の変化があってマレーを撃ったみたいだけど、そのままだったら自殺してた。

日本人の場合、社会に復讐しようとせずひっそり自殺する場合が多いと思うんですよね。単に日本では銃が規制されているからって理由かもしれないけど。

とはいえ日本でも段々格差が洒落にならなくなってきてるし、無敵の人による無差別殺傷事件が増えてる。本当に追い詰められた人が一定数を超えると日本でも何かが起きかねない。

いずれにせよ悲しいなぁ。なんとか出来ないんでしょうかね。こんな社会ではマズいと思っている人も多いでしょう。

いい映画だったけど、これを見ても社会が良くなるわけではない。格差はなくならない。皆が見に行ってもハリウッドの大資本や監督、俳優にお金が流れるだけ。(まあ、向こうの金持ちは慈善団体に寄付するかもしれないけど。)

でも、できるだけ人に優しくしようとは思いましたよ。冷たい社会が悪を生み出す原因だと再認識させてくれた。

普通のヒーローものを見たかった人や、現在の社会に全く不満がないという人には退屈かもしれないけど、そうでない人にとっては色々考えさせられる映画だと思います。

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