都内からロードバイクで宇都宮へ行き餃子を品評する狐作家、月夜涙先生による小説
『異世界洋菓子店フォックステイル ラベンダー香る、甘さを忘れた街唯一のパティスリー』
の感想です。
ちなみに本作は「ライトノベル」ではなく「ライト文芸」という区分に入るらしい。公式がそう案内しています。
ただ、最後まで読んでも大きな違いは感じられませんでした。若干対象年齢が高いのかな? インタビュー記事よれば、作者はライトノベルより心理描写を重視して書いたとのこと。
外部リンク:主人公はイケメンパティシエ!優しくて甘い物語『異世界洋菓子店フォックステイル』月夜涙インタビュー – LINEノベル公式ブログ
レーベルが消滅
本作は、小説家になろう産ではありません。「LINEノベル」というアプリに掲載された小説を書籍化したもので、「LINE文庫」というレーベルから出ています。
なお、LINEノベルは2020年8月末にサービス終了。LINE文庫レーベルも廃刊になっています。続編が出せそうな終わり方になっているのですが、レーベルが消滅してしまっては仕方ないですね。
別レーベルに移籍したという話も聞かないですし、本作は1巻だけで終了のようです。紙の本の新品が欲しい人は早めに買っておきましょう。在庫がなくなったら終了だと思います。
余談ですが、そろそろアニメ版が最終回を迎える『チート薬師のスローライフ』は、書籍版が2巻まで刊行された段階で出版社(リンダパブリッシャーズ)が破産するも、別の出版社に移って続刊しているようです。出版社が潰れても人気が高い作品は生き残れるみたいですね。
表紙はイケメン
本作の表紙には、美少女ではなく主人公のイケメン男性が描かれています。イラストは切符先生。『のうりん』シリーズなどの挿絵を担当したイラストレーター・漫画家さんです。
それにしても、月夜先生作品で男性だけの表紙というのは珍しいと思います。例えば先生の『回復術士のやり直し』シリーズの表紙には、主人公の男性ケヤルガだけではなく、必ずヒロインも描かれています。
ヒロインの絵ではなく、イケメンの絵で手に取ってもらう。すなわち本作は女性向けということなのでしょうか? 男女問わず楽しめるような内容だったので謎です。
本作は男性ばかりの話ではなく、カレンという女性が出るんですけどね。一緒に描いておいてもよかったような気が。イケメンだけの表紙だと男性には買いづらいかも…。
あと、本編に挿絵はありません。ライト文芸だからかな?
紙質は普通の文庫版ラノベより上等な感じ。素人目にも良い紙を使っているのが分かります。カバーの手触りも良いです。ツルツルではなく、ちょっとしっとりしてる感じ。
あらすじ
現代日本の天才パティシエが電車に轢かれ、目を覚ますと中世ヨーロッパ風の異世界にいました。日本に帰る方法が分かるまで、この世界で生活するしかありません。
働き口を探していると、たまたま洋菓子店を発見。技術を披露し無事採用されます。しかし、その洋菓子店、フォックステイルは、廃業の危機に瀕していました。
その街では長い間、暴君によって砂糖を使うことが禁止されており、菓子を食べるという習慣が失われていたからです。
革命が起こり自由を取り戻した現在も、菓子を買いに来る人は少ないまま。店主は、半年以内に黒字にならなければ店を畳もうと考えています。
主人公は街の人々に菓子の美味しさを伝え、フォックステイルを存続させることができるのか…というお話です。
全体的な感想
本作の異世界は、ナーロッパのようなRPG的ファンタジー異世界ではなく、比較的現実寄り。魔法はなく、軽いまじないがある程度です。
メインストーリーはあらすじで書いた通りですが、調理の描写や洋菓子のうんちくに文字数が割かれています。洋菓子に興味がある人には興味深い内容だと思います。
理屈っぽいというか、細部の説明にまで気合が入っているのは月夜先生作品らしいですね。
いっぽう先生お得意の、「薬物」「洗脳」「性行為」の描写は含まれていないので、読者を選びません。誰でも安心して読める内容です。
主人公礼賛系ヒロインは出ませんしハーレムにもならないです。ざまあもないです。なろう系とは異なる読者層に向けて書かれた小説なのだと思います。
全199ページと短めなので、気軽に読めるのがいいですね。調理描写も多すぎずバランスが良い。
先の展開が読みやすく、手に汗握るような物語ではありませんが、お菓子はどれも美味しそうですし、トントン拍子に成功する話なので気持ち良く読めました。
ハッピーエンドで読後感は良いです。きれいにオチが付きますし、話が良くまとまっていると思いました。
ストレスフリー
本作は良くも悪くもストレスフリー。主人公は物語開始時点から優秀なパティシエなので、異世界に行っても楽勝です。
多くのなろう系チート作品と同じく、主人公が苦戦することはありません。いとも簡単に絶品お菓子を作り、異世界人からやたらと褒められます。異世界のベテランパティシエも絶賛してくれますよ!
出会う人は、みんな協力的でいい人ばかり。偶然、有力者とのコネが作れたので便宜を図ってもらえます。主人公のすることなすこと全て上手く行くので、読んでいて嫌な気持ちになることがありません。
明るく気楽な話を読みたい人には強くおすすめできますね。
疑問点
他の月夜先生作品に比べれば突っ込みどころは少ないですが、全くないわけではありません。
大きな疑問点が一つあります。物語の根幹に関わる設定が腑に落ちません。
あらすじで書きましたが、主人公が滞在している異世界の街では、何十年もの間、砂糖の使用が禁止されていました。そのせいで街の人々はお菓子の美味しさを忘れ、甘いものが食べたかったら果物を食べるようになった、という設定があります。
ここまでなら、まだ分からんでもない。
しかし、革命が起こり砂糖が解禁されてから、すでに数年が経過しているという設定もあります。また、フォックステイルが街に出店してから3年近くが経っています。
いまだに街の人々がお菓子や砂糖の美味しさを知らず、果物ばかり食べているというのは、流石に不自然だと思うのですが……。
人間は本能的に糖分を求めるものです。糖分には依存性もあるほど。また、作中でも言及されていますが、果物の甘さと菓子の甘さは違います。
砂糖が長い間禁止されていたのならむしろ、解禁された時には反動で砂糖に殺到するのではないでしょうか。明らかに果物より甘いわけですし、口コミですぐ広まるでしょう。
それに砂糖の使用が禁止されていても、砂糖やお菓子がどういうものかという知識は語り継がれるものだと思うのですが。
例えば、砂糖が許されていた時代を知る老人が「ワシが子供の頃には菓子という、うまいものがあったんじゃ」と伝えるものでは?
人間の心理として、禁止されていればなおさら欲しくなるものですし、尾ひれがついて、実態以上に素晴らしい食べ物だと思われているほうが、まだ自然だと思います。
お菓子の美味しさが綺麗サッパリ忘れ去られているという設定には納得がいきません。
革命で自由になったので、他の街から情報も入ってくるでしょうし、保存が効くお菓子が持ち込まれていてもおかしくはない。砂糖を売りたい商人もやってくるでしょう。
革命直後ならまだしも、数年経っているのに砂糖やお菓子が広まっていないという設定には、説得力がないと思います。
うがった見方をするなら、この設定は、主人公を異世界で活躍させるためのお膳立てのようにも見えます。やりたいストーリーが先にあり、それを成立させるため、無理のある設定を付け足したような印象が拭えません。
あと、「菓子職人にとって地獄みたいな街」という記述があるのですが、競合が全くいないので、見方によってはブルーオーシャンで超有利な環境なのでは?
小ネタ
本作には香りで客を呼ぶ描写がありました。これは月夜先生の『史上最強オークさんの楽しい種付けハーレムづくり』の主人公が、ドラッグ入りメンチカツ屋台でやったのと同じ手法です。
なお、本作の洋菓子には薬物など入っていないのでご安心を。健全な小説です。
おわりに
筆者は「街の人がお菓子を食べない」という設定に引っかかりましたが、気にならない人も多いでしょう。そういう世界なのだと納得して読めばそこそこ面白い。普通に良作だと思います。
余談:餃子と狐作家
月夜先生は2018年5月26日に、都内からロードバイクで宇都宮へ行き、餃子の食べ歩きをしたようです。一連のツイートが残っているので興味のある方は見てみてください。
宇都宮ってかなり遠いですよ。ロードではなくエンジンが付いてる方のバイクでも2時間程度は掛かるでしょう。自転車で行くとは驚きです。しかも日帰りですからね。1日で204km走ったらしい。
やっぱ体力は凄いみたいですよ、あの狐作家さん。インタビューの時も体格良かったですもんね。
月夜涙(197cm112kg)「お前ネットで俺のこと馬鹿にしただろ」
って家に来たら怖いっすね…。筆者は運動ダメなので一方的にボコボコにされそう。今までの感想記事をチェックして、問題のある部分は書き直そうかな……。
そろそろ『暗殺貴族』アニメが始まるので、K社が批判対策に精を出すかもしれないですし、用心に越したことはないですね。確率は極めて低いですが、発信者情報開示請求されると怖いです。
ちなみに、新幹線で宇都宮へ行くなら大宮から乗るほうがお得だそうです。東京-大宮間って、新幹線と在来線の所要時間があまり変わらないらしい。鉄オタの人が言ってました。
大宮から乗れば、東京から乗った場合と比べ、640円節約できます(執筆時現在)。
宇都宮に限らず、東北・上越・北陸新幹線を利用する際に使えるテクニックなんですって。(目的地によっては節約にならない場合もあるので要事前確認。)
まあ、都内から宇都宮なら在来線だけで行ってもいい気がします。東京駅から2時間以内なのでね。
最安を目指すなら月夜先生みたいに自転車で行くべきでしょうね。体力がないとキツいですが。
餃子食べ歩き、一軒目は餃天堂!
すごい皮が分厚くて、もちもちしていて面白い食感。こんな餃子は初めて
だけど、皮がすごい分厚いのに、具の大きさは普通の餃子と一緒、味付けも控えめでバランスが悪い餃子。あんまり美味しくない
次の店にいこう! pic.twitter.com/ddofPUDC3F— 月夜 涙@回復&暗殺貴族 アニメ化決定! (@Tsukiyo_rui) May 26, 2018
それにしても、店名を出して美味しくないと発言するなんて、月夜先生はなかなか肝がすわってますね。裏垢ではなく作家名のアカウントでやるのがすごい。筆者が同じ立場だったら怖くてできませんよ…。
やっぱ体力があると自信につながるのでしょうか?