アニメ『百錬の覇王と聖約の戦乙女』第7話の感想。ネタバレあり。
6話までは気になったシーンのみに言及したけど、今回は全体的にツッコミどころ満載で言いたいことが多い。あらすじを少々詳しく書く。
また、アニメ版では不可解だったシーンが原作小説ではどう書かれているのか、実際に読んで検証した。
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第7話「遺恨の報復」
メンヘラ兄貴
7話は回想シーンから始まる。主人公のYOU君(勇斗)が異世界に来て宗主になる前の話。
勇斗は女の子達の水遊びを見ながら、フェリシア(金髪ちゃん)の兄ロプトと仲良く語らっている。
ほのぼのとした光景だが、次の場面で勇斗はロプト兄貴に殺されそうになる。現宗主の爺さんが次期宗主に指名したのが自分ではなく勇斗だったので、情緒不安定になったのだ。
ロプトはメンヘラの被害妄想のような言いがりをつけ、勇斗を刀で切りつける!
しかし宗主の爺さんがかばって犠牲に……。
爺さんは肩を切られただけなのに、なぜか吐血して息絶えた…。このアニメにはよくある謎描写。この絵面だと刃が気管や肺まで達してないように見えるのだけど、どうして血を吐いたのでしょうね?
爺さんはユウトが去る日が来たらロプトを宗主にと言い残して死亡。
いや、それなら初めからロプトを宗主にして、勇斗は参謀あたりにしとけば丸く収まったのに…。皆の目の前で先代を斬り殺しちゃった以上、もうロプトが宗主になるのは無理でしょ。
ロプト兄貴は錯乱して逃亡。親殺しの罪で追われる身に…。
仮面をつけた兄貴
回想は終了、現在の話に戻る。
どういう手を使ったのか不明だが、ロプト兄貴は他氏族(豹)の宗主フヴェズルングになっており、騎馬兵を率いて攻めてくる。
回想では爽やかイケメンだったのに、仮面を付けてメチャクチャ胡散臭い感じになってる。(なんか変態っぽい…。)
メンヘラは未だに治っていないらしく、実妹(フェリシア)から届いた手紙も捏造されたものだと断言。妹が自分の所に来ないのは、勇斗に監禁されているからだと思い込んでいるらしい。
囲んでしまえば無力も同然
勇斗達は仮面兄貴軍の先遣隊と戦闘。
矢が飛んで来たので隠れる勇斗とフェリシア。チャリオットの陰からヌッと頭を出す所の動き(11:50)がコミカル。ギャグアニメみたいで楽しい。
その後本隊が馬で突撃してくる。気付いた時には完全に包囲されてしまった勇斗軍。
このアニメ、絵面がシュールだなぁやっぱり。なんとも言えない可笑しさがある。
そして仮面兄貴が「スマホの力を過信したな、ユウト」と発言。
ネット上でも話題になっていたけど、面白すぎるぜこのセリフ!
スマホでググれば何でも分かると思いこんでいる現代人への警鐘のようにも聞こえる。笑えるだけではなく、含蓄のある発言だぜ!
ちなみにこのセリフ、原作小説4巻の挿絵にも入っている。原作者やイラスト担当者もお気に入りなのかな?
荷車城塞
囲まれちゃった主人公は鉄を貼った荷車を壁にして籠城。
敵はなぜか壁に向かって矢を放つ。そして弾かれる。何故かびっくりしてる敵兵。
斜め上に射てば中に届くのにバカ正直にまっすぐ射たなくても……。
あとこれ主人公たちは物資の供給が絶たれてるから、持久戦になった場合飢えてやられちゃうよな。攻める側は弩の射程外に出て囲んでじっとしていればいい。
仮面兄貴の方も馬鹿。ヤケになって力押しの突撃を命令、無意味に兵が死にまくる。
無能すぎ。褐色のお姉さん(シギュン)が撤退を進言するけど聞き入れない。
と思ったらシギュンがなんか妙な術を使い始めた。主人公は体が消えそうになるし敵兵はゾンビ化して襲いかかってくる。
なにこのチート!そんなのがあるならはじめから使えばいいのに。なんで思い出したように使い始めるのか。
仮面曰くゾンビではなく狂戦士になるらしい。で簡単に壁を突破されてしまう。その後メンヘラ仮面が陣に乗り込んできて勇斗の首を取ろうとする。
激臭ラクダ
主人公をかばう場面のフェリシア(金髪ちゃん)は迫真の演技。絵とか脚本とか結構酷くて笑えるレベルだけど声優さんの演技は素晴らしい。
で、そこにラクダに乗ったジークルーネ(銀髪ちゃん)が現れ敵はあっさり敗走。馬はラクダの臭いが苦手なんだって。
それにしてもラクダの効果ありすぎ。どれだけ強烈な臭いなんだよ!ラクダの近くにいる馬だけではなく、敵のほぼ全軍が逃げていったゾ。
百歩譲って馬はアリだとしても狂戦士化した歩兵まで逃げるのは謎。いろいろ超展開だな。
でもこれ突っ込みながら楽しめるからスマホ太郎の何倍もマシなんだよな。粗くてもストーリーがあるから見れる。あっちは虚無だから無理。
原作4巻を読んでみた
アニメは端折りすぎで意味が分からなくなっているだけ、原作を読めば理解できると聞いたので買って読んでみた。
原作の仮面兄貴
アニメだけ見るとメンヘラの無能にしか見えないロプト兄貴だが、原作を読むとなかなかのやり手のようだ。豹という氏族の下にふらりと現れ、たった1年で宗主になった。豹という氏族は実力主義でよそ者でも能力があれば受け入れるという設定。
原作の兄貴は「黒光りするなんとも禍々しい仮面で、顔の上半分を覆っていた」と書かれている。なんだかアニメ版の仮面とイメージが違う。
そもそもアニメのキャラクターデザインは原作の挿絵が元になっている。挿絵の段階であんまり禍々しくないのだ。仮面舞踏会の仮装みたい。
黒光りする禍々しい仮面と言ったら下のようなのを連想する。これは顔全体を覆う仮面だからちょっと違うのだけど。
本当は怖い仮面兄貴
アニメを見ても、メンヘラで情けない兄貴になぜ部下がついていくのか理解できないが、原作を読むと理由が分かる。恐怖で支配しているのだ。
それこそダース・ベイダーのように圧倒的な威圧感で部下を怯えさせている。勇敢な将軍でさえ恐怖で震え、身がすくむ程らしい。さらに意見が対立した者は容赦なく粛清する。アニメ版のイメージとは大分違う。
凶気が体から噴き出し、その場にいる者の心を侵食し、恐怖に染め上げるというから凄まじい。アニメでもそこを描いていれば印象が変わったのだろうけど、メンヘラ描写しかピックアップしていないから小物にしか見えない。
呪われた兄貴
兄貴が狂気にとらわれている点は原作でも同じだが、原作には狂った原因に関する描写がある。
兄貴はかつて特殊な力を持った者に傷を負わされ、その傷がうずくと「ドス黒い衝動が心に広がり、感情の抑えが利かなくなり、代わりに全身に力が漲ってくる」。
ただ兄貴の心が弱いからメンヘラになったというわけでもないようだ。呪いみたいなものを受けた影響もあって狂っちゃった模様。
籠城した理由
勇斗は鉄を貼った荷車で城壁を作り仮面兄貴と戦った。これは実在した戦術らしい。CM開けのアイキャッチにも出ていたけど「荷車城塞(ワゴンブルク)」と言い、この戦術を用い寡兵で大軍に勝利した史実があるようだ。
勇斗は仮面が騎馬隊で襲ってくるのが分かっていた。だから常套戦術の包囲殲滅がやりやすい広い湿原にわざと布陣しおびき出し、鉄壁の城塞の内側から強力な弩で攻撃した。
一撃離脱を好み機動力で圧倒的に勝る騎馬隊に大打撃を与えるには、罠を仕掛け大軍を誘い込む必要があったようだ。
原作には、ファランクス隊が長槍で攻撃しても一撃離脱の騎馬兵には勝てないというシーンがある。そういった伏線があるので、鉄壁の内側から矢で攻撃することの必然性が分かる。
アニメ版では勇斗が「一気に大打撃を与えられる機会を待ってたんだ!」と言うだけで他に説明が無いから、なんでこんな回りくどいことをしたのか視聴者に伝わらない。
矢を山なりに放つ
アニメでは仮面軍が馬鹿正直に壁に向けて矢を放ち、跳ね返されていた。上に向けて射てよと言いたくなるが、原作ではちゃんと曲射を試している。
「弓を斜め上に構え矢を山なりに降らす戦術に切り替えることで《狼》軍にも損害を与えることができ始めてはいたが、それもわずかなものである」とある。効き目は少ないらしい。
その理由として「山なりの矢は風などの影響を受けて命中率も悪く、矢の勢いも失われる」と書かれていた。また、勇斗側は荷車の陰から狙いをつけて真っ直ぐ射てるから有利だったらしい。分かるような分からんような…。
シギュンの術に関する改変
アニメでは褐色お姉さんシギュンが「フィムブルヴェト」という術(秘法)を使い、兵士をバーサーカー化させていたが、原作では違う。
原作では兵士でなく馬に術を掛け、恐怖を感じなくさせることで荷車城塞を飛び越えさせた。本来馬は柵を飛び越えたがらないらしい。
また、術を掛けられた馬は30騎のみ。術を使うと使用者の精神力が削られるからだ。アニメのように全軍が術の対象になっているわけではない。原作設定ではそんなことをするとシギュンの精神が持たないようだ。
初めから術を使わなかったのは、この術が倫理観の欠如した異世界の住人たちでさえ眉をひそめるようなものだったから。一種の禁忌みたいな扱いだから普段は使えない奥の手。
ラクダの効果範囲
アニメでは一頭ラクダが出てきただけで敵の全軍が撤退したから不自然極まりなかった。一方、原作でラクダの効果があったのは囲いの中に入ってきた30騎のみ。しかもラクダから離れると馬は正気を取り戻したと書いてある。
また原作のラクダはジークルーネの乗った一頭だけではなく他に十数頭いる。
まとめと結論
原作を読んだことでアニメ版脚本の酷さが分かった。原作者の意図を考慮せず、原作シーンの単純な切り貼りだけを行った結果、支離滅裂なシナリオになっている。
言ってしまえば出来の悪いダイジェスト。なんとなく雰囲気は似せてあるけど、本質的な部分は改変され原作とはまるで別物。
ラクダに関する改変
例を挙げる。アニメではラクダの臭いによって敵の全軍が撤退したように描かれていたが、原作では城壁の中へ飛び込んできた奇襲部隊の30騎を追い返しただけ。
仮面兄貴は正攻法では荷車城塞を破れないと悟り、術の掛かった馬に乗った精鋭で奇襲を仕掛けたが失敗。既に大きな損害が出ており、日も沈んだので撤退したという流れ。
確かに原作通りにやろうと思うと長くなるし、ナレーションか何かを入れないと分かりにくい。面倒くさいので色々端折った結果、ラクダ一頭が全軍を追い返すという奇妙なシーンになってしまったのだろう。
そのせいでラクダが遠方まで届く凄まじい激臭を放っていることになった。しかも臭いに弱い馬だけではなく人間の兵士まで逃げているので視聴者は困惑してしまう。
原作は丁寧に伏線を張っているし、ある戦術の利点やその戦術を選んだ理由も明確に説明されている。アニメの出来が悪いせいで原作まで過剰に叩かれていて実に気の毒だと思った。原作はそんなに酷くないぞ。
おまけ:原作の良い点、微妙な点
中高生向けとしては非常に完成度の高い小説だと思った。アニメみたいに支離滅裂な展開ではない。また、シンプルで読みやすい文章には好感が持てる。
大人向けではない
この小説を内容が浅いとか子供っぽいと言って批判するのはお門違いに思える。読んでみて分かったのだが、最初から成人に向けて書かれていないようだ。
作者あとがきは、年上の優しいお兄さんが少年たちに語りかけるような文体で、読んでいて心が暖かくなった。
大人から見ると物足りないのは仕方ない。作者も割り切って書いていると思う。その分、対象読者である中高生にしっかり届くような内容になっている。
ネット民(ニコ動や5chなどの人)の中には、主人公のYOU君を嫌っている人が多いようだが、原作の読者層を考えると仕方がない。中高生にとって等身大の主人公にしようと思ったらそうなる。わざと青臭いガキにしてるのだと思う。
一方、オッサン向けの現実逃避系作品の場合、異世界転生してハーレムを作る主人公はガキではなくオッサン。その手の小説は「なろう」に多い。
『百錬の覇王』は、主人公に作者自身を投影して書かれた妄想小説とは違う。読んでいて作者のプロ意識のようなものを感じた。
自分の書きたいものを書くのではなく、読者が望むものを提供しようという姿勢が見える。やっぱり商業作品だからそのあたりはしっかりしているなと。
それでも気になる点
でもやっぱり異世界住人が主人公を賛美・崇拝しすぎだと思った。そういう所は「なろう系」っぽい。確かに勇斗は救世主かもしれないけど、そこまで持ち上げなくてもいいだろうと。とにかく称賛描写がクドい。
それとお色気シーンがちょっと受け付けない。合戦シーンは原作のほうが面白いのだけど、女の子とイチャイチャするシーンは原作もアニメと大差ない。
アニメ6話の温泉回(ソープシーン)が原作4巻に収録されていたけど、文字だけでもキツかった。胸の描写がやけに詳細だったり。
『百錬の覇王』のお色気はあんまり嬉しくないお色気なんだよなぁ。(正直気持ち悪いだけ…。)
でも対象読者である中高生は喜ぶのかも…?
ヒロインに魅力があるのだから、露骨なサービスシーンを入れず、日常系みたいにさり気なく普段の行動を書いてくれたほうが個人的には楽しめると思った。